つむぎめむすび

つれづれなるままに、何気ない今日を。

「横笛草紙」叶わなそうな一目惚れ。それを成就させる和歌の力。

一目惚れをした経験がある人はどのくらいいるだろう。私は街ですれ違った人を「あ、今の人かっこよかったな」って思うことはあるけれど、まさかそこから恋に発展することはない。

街という刹那的な場所ではなく学校生活ではどうだったかと思い浮かべてみよう。うーん、やっぱりパッと見てかっこいいと思う人はいても、それは一般的な「イケメン」で、クラスの女子の大半もかっこいいと思っていて、恐れ多くも一目惚れとは言えない。好きになるわけじゃないんだし。

 

そうはいっても世の中には一目惚れが存在する。私だって本音を言えば一回くらい一目惚れしてみたい。一瞬で射抜かれるその衝撃を味わってみたい。

どうしてこんな話を持ち出してきたかというと、今日国語の問題として解いた「横笛草紙」にそんな「びびっときた」一目惚れ模様が描かれていたのである。室町時代に成立した作品だ。室町カップルの恋をちょっと覗いてみよう。

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この作品では男性から女性への一目惚れ。

一目見しより、片時も忘るる隙もなく

主人公の「滝口」は「横笛」を一目見た時から、片時も忘れられなくなってしまったのである。しかも想いが募りすぎて、その思い悩んでいる様子に周囲の者も声をかけずにはいられないほど。

まあ、すごい。まさに私の憧れの「一目惚れ」だ。見かねた「乳母」が「手紙でも書いてみれば?私が持って行ってあげるから」と声をかける。

乳母ファインプレー!この時点で乳母が恋のキューピッド的役目になることが見えてくる。

キューピッドをうまく使い恋を叶えさせるには、手紙の質が重要だ。この時代の恋文に必要不可欠なのが和歌。

なんだってこんなに回りくどく伝えるんだろうって思うけど、それが風流だから仕方ない。ま、かく言う私も、想いを直接伝えるのは照れ臭いタイプなので、こっそり隠してあるくらいがちょうどいい。とはいえ、和歌は無理だけど。

 

さて滝口、短冊もこだわり、渾身の和歌を乳母に託す。

人はさも 思ひも寄らじ わが恋の 下にこがれて もゆる心を

 他人は誰も思い当たらないだろう。私の奥底にある燃えるような恋心を。

まあ、周囲の人にダダ漏れだったから、乳母がしびれを切らして手紙を届けているんですけどね(笑)とはいえ、この回りくどさが和歌なのだ。

 

さて、乳母としては手紙を届けに来て黙って帰るわけにはいかない。返事を手に帰らなければ、滝口はまた思い悩んでしまうだろう。自分の気持ちを伝えたばかりに、恋は加速度的に進んでいるに違いないのだから。

そこで、乳母は横笛に「人の縁は前世からの決まりだよ」とか「小野小町は想い人の気持ちに応えなかったからみじめになっちゃったんだよ」とか、脅しなのではと思うほどの説得をして返事をもらおうとする。

そこまで説得しなくてもあの和歌なら横笛も返事書いちゃうんじゃないか、一目惚れしたって言われて嬉しくない女なんかいないやろとも思うけど、ここは恋のキューピッドの見せ場である。乳母の好きにさせよう。結局「こまごまと申し」て、横笛からの返事をゲットする。

 

もちろん和歌で想いを告げられたからには、答えも和歌である。相手が回りくどく和歌で伝えて来たのに、自分だけ和歌を使わず返事をするのはがっついているようで恥ずかしい。

私だって回りくどくいっちゃうんだから。と、横笛は和歌に思いを託す。

埋み火の 下にこがるると 聞くからに 消えなん後ぞ さびしからまし

火の下で「こがるる」ように私のことを思ってくれているのなら、その火はいつか消えてしまうの?だったら寂しいわ。

確かにこんなに簡単に一目惚れをして好きって言われても、じゃあまた他に綺麗な人がいたら同じように好きって言っちゃうの?って不安になるのが乙女心というもの。これが一目惚れの儚く危険なところ。

 

さて、その返事をもって帰る乳母を「今や今やと胸うち騒ぎ待ち給ふ」滝口。いやー、こんなにそわそわしてるんなら、なおさら返事持って帰って良かったよ。これで手ぶらだったら、もう駆け出してたかもしれないな、この人。改めてキューピッド乳母ナイス。

 

そして結局2人。

その後、たびたび文どもありて、逢ふ瀬の中となり給ふ。

何度か手紙のやり取りをして、無事に会うことができたそう。めでたしめでたし。

きっと何度かのやり取りも、滝口はドキドキそわそわしながら、返事を待っていたんだろうなあ。ピュアで可愛いやつだ。問題文はここで終わっているので、ハッピーエンドで終わらせておこう。
どうしても気になる人のために、以下にあらすじを置いておく。

kotobank.jp

 

あらすじを読まなきゃ良かったと思った方、いらっしゃったら私も同じ気持ちです。

切り取り方によって多種多様に変化する作品の面白さを感じるとともに、ハッピーエンドで微笑ましく終わらせてくれていたこの問題文に感謝したい。

 

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