つむぎめむすび

つれづれなるままに、何気ない今日を。

読んだことのない文章に出会うのがこんなにも楽しい

彼女は笑っていた。
正確には笑っていたとは言えないほど、微かな笑みだった。
それでも彼女に目がいったのは、受験者の中で1番明るい色の髪をしていたからかもしれない。
そもそも彼女がマスクをしていなかったから気付いたのだ。
「試験中、風邪症状がなければマスクを時々外してもいい」と放送が流れたのは確かだが、彼女は試験開始のチャイムが鳴るなり、マスクを外し、問題に没頭していた。
その場にいた受験生はみんな髪色は黒か暗めの茶色、そして放送があったところでマスクを外している人はいなかった。

異様といえば異様だった。飄々として、私が注意事項を説明している間も試験に興味がないような様子だった。何をしにきたんだ。いや、それはもちろん受験に決まっているのだが。問題だけもらいに来た業者関連か?とさえ、疑っていた。

それが国語の試験が始まった瞬間、目の色が変わった。

没頭しているのが伝わってきた。

そして、笑った。

何もかも異様だった。こんな大事な試験で笑う者はいないはずだ。
まして国語は数学のように答えが気持ちよく出るわけでもないし、何かの達成感を得て笑ってしまうとは考えられにくい教科のはずだ。

でも、彼女は笑ったのだ。水を得た魚のように。

 

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マスクが暑かった。感染症対策なのは分かる。でも、そろそろ熱中症になってしまうと思った。換気を重視するあまり、窓の外からは容赦なく朝降った大雨が作り出した蒸し暑い空気が入ってくる。冷房もっと低くしなよ…エアコンの温度調節装置に触れようともしない試験官を見ていた私の目は、さぞ恨めしかったことだろう。

「受験のしおり」には「クールビズで」と書いているのに、半袖ワイシャツを着ているのは私を含めて数人で、何を考えているのかあとはみんな長袖だった。なんなら、席に着いている時以外は背広まで着ている。ばかか。ばかなのか。こんなに暑いのに。

 

だからやっぱり「集団」って向いてないなと思う。新卒の会社を辞めた理由の一つも「組織に嫌気がさしたから」だった。まさにこの空間にいる人はみな「組織」である。
それで生きていけるから羨ましい。そうできない私はいつだってふらふらしてる。

向いてないことは分かってる。でも、この場にいるのは、みんなと同じ「試験を受けるから」という理由に尽きる。
試験を受けるために、久々に「集団」で「黒い羊」となる自分を認めながら座っているのである。黒い羊は自分のアイデンティティーだと諦めてるから、浮いてることを何とも思わないのだけど。

 

国語の試験が始まった。暑すぎてすぐマスクを取った。こんなんしてたら集中できない。

すぐ、夢中になった。

マスクを外したから?いや、違うな。目の前に文章があったから。

古文、漢文、小説、評論文2つ。
全部で大問は5つ。そのすべてに「物語」が詰まってる。

私はそれに出会う瞬間が好きだ。「あー、こういう考えなのね」「なるほど、そういう考えもあるのね」「いやいや、この風流心は強引でしょ」「主人公ひねくれてんなー」とにかく色んなことを感じてる。楽しい。

もちろん問題として向き合ってるはずだけど、文章である以上、私にとっては別の、大きな意味を持つ。

気付いたら笑ってる。文章を読んで好き勝手反応しながら、頬が緩んでる。

やば、と思って表情を引き締めるんだけど、大問が変わればまた違う文章と出会えるわけで、そうなるとまた新鮮に受け止めて新鮮に反応して笑ってる自分がいる。

誰かが見ていたらさぞ不気味だろう。そんなに自信があるのかと思うかもしれない。自信なんてない。国語は主観だ。なるべく採点者が好むような解答を書くようにしてるけど、それでも満点はない。

満点はない以上満足はないはずだ。笑えないはずだ。

でも、私は満足だ。新たな「物語」の世界に5つも出会えたのだから。

わざわざ集団に染まるふりをして受けに来てよかった。

 

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文章は拒否しない。嫌悪しない。「黒い羊」の存在を。

 

問題を解いている時、周りの一切は色を消し、音を消し、私と文章だけになる。
ふたりきりの対話の時間。そこには常識も非常識も集団も組織もない。

ただ黙って目の前にある文章を、私は好き勝手に解釈して楽しんでる。

 

時間いっぱい夢中になって文章と向き合い、試験を終えた私に残ったのは、喜びと達成感だった。

やっぱり言葉の世界、国語の世界は楽しい。
身を沈めてその世界に溺れると、なにがなんやら楽しすぎて、笑えてきちゃう。

 

そうして浮かれた私は、試験会場に思いっきり忘れ物をして帰りかけた。浮かれすぎだ。